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快食案内サーチ
福山市の歓楽街である昭和町の一角にある店だ。店構えは実に立派で、看板らしい看板は出ていない。店頭の小さな板に、店名が掘り込んであるので、それが唯一の目印となる。事前情報は、公式サイトと、勝手連が運営するブログを読めば概ね判る。料理は全ておまかせ。しかも、訪れる季節によって魚種は決まっている。僕が訪れたのは4月なので、有無を言わさず鯛が出た。僕は、一緒に訪れる人を一人に絞り、二人でカウンターに陣取った。一人だと店の人が気を遣うし、自身も少し落ち着かないので、同じくらい食べ好きの、気心知れた人と二人というのがベストと思う。カウンターの場所はちょうど店主の目の前で、色んな話を聞きながら料理を堪能することができた。付き出しというか、最初の料理は3品。モズク酢、鯛の子の煮付け、バイガイの煮物だ。モズク酢は滑らかでボソボソ感のなく、上にカールさせた大根の薄切りと、川海苔っぽい海藻が添えてあった。酢の当たりは柔らかく、ツユを全て飲んでも咽るようなことはない。海苔は水前寺海苔とは少し違うようだが、よく判らなかった。四万十川の海苔が似た味だったと思うが、どちらにしても、この海苔がとてもよく合うのだ。何気無い一皿だが、さり気なく旨い。バイガイは大きな粒で、巨大なタニシというか、角のない小さめなサザエのような外観。何度か食べたことがあるけれど、僕の記憶の中にあるバイガイよりも大きいのだ。串で身を引き出して食べたが、僕は最後の最後まで内臓を引き出すことが出来ず、途中で切れてしまった。まぁいいかと思って口に入れたのだが、切れた内臓の端が食べられないことを激しく悔んだ。内臓が猛烈に旨いのだ。内臓の部分が、貝というより、極上のレバーの煮物のような、コクがあってねっとりした味わい。魚介なので臭みはないし、うほほと笑うほど旨かった。思わずバイガイってこんなに旨かった?と問うと「このサイズが一番旨いんだ。これ以上大きくなるとダメなんだよ」とのこと。んー、それにしても凄い。初手から抜けがない。鯛の子は薄味で煮付け、ワラビの穂をあしらいにしてある。大振りに切り分けてある子を口に入れると、驚くほどさらりと解けた。粉っぽさや舌触りの悪さは全然ない。先のバイガイ同様、え?鯛の子ってこんなに旨かった?と思う味だった。訊くと、今のこの時期だけ身も旨くて子も旨いとのこと。これがもう少し経つと、身の栄養は子に取られ、子の粒は大きくなって舌触りが悪くなるという。なるほど、だからこの店では4月に鯛を出すのだ。最初の3品で期待感が高まったところへ、店主が「刺身は薄造りにしますか?普通の刺身にしますか?」と訊いて来た。薄造りだとポン酢、刺身だと刺身醤油で出すという。僕は迷う間もなく、刺身を選んだ。その理由は、魚喰いなら自明だろう。目の前に並べられた刺身は、一人一皿。背の肉と、腹の肉を分けて盛ってあるが、一目で身質が違うと判った。背肉は飴色かかっており、身がしっとりしている。腹肉はエッジが立っており、脂のノリがよく判る。見た感じでは昆布締め?とも思ったが、一切れずつ食べて、熟成が違うのかな?と感じた。背肉はしっとり舌に吸い付くような身質で、筋肉質ではあるけれど、鯛本来の旨さがしみじみと感じられて、嚥下するのが惜しいほどの旨さだった。そうそう。鯛というのはこうでなきゃと思ったほどだ。腹肉はまぁ、脂ののった味で、旨いけれど深みはない。僕は一枚の鯛から取ったと思ったので、脂のノリで熟成に差が出るものだなぁと、少し驚いた。そんなことを思いつつ食べていると、店主が「どちらが好きですか?」と訊いて来た。そりゃ背肉に決まっていると述べると「熟成が違うんですよ」と言うではないか。なんだ、そうだったのか、それなら背肉のほうが深いでしょ?と応えると「そのとおり」とのこと。ここまででおまかせの料理は終り。あとは黒板に素材と料理法が書いてあるからそこから頼むか、店主やスタッフと会話しながら食べたい料理を絞り込んで行く。僕は黒板の「小いか」という文字が気になった。僕は若いイカがとても好きなのだ。どんなイカなのか、店主(というより大将という呼び名がより相応しいので以降はそう呼ぶ)に訊くと「ベイカとかチイチイイカとか呼ぶヤツだよ」とのことだったが、見せてもらうと少し大きいように思えた。見た目は小型のヤリイカだ。どうしようかな?と思っていると、大将が持つ、小イカのネタの中に、一匹違うイカがいることに気付いた。あれ?それってミミイカでは…と訊くと、そうだとのこと。ただ、今日は一匹しか入ってないというではないか。僕が小イカの陶板バター焼きを、ミミイカ入りで頼んだのは言うまでもない。しばらくすると、焼けた陶板に焼けたイカを5匹並べ、そのままの形で持って来てくれた。ハフハフと、真っ先にミミイカに手を出し、味わうと、頭というか胴の部分からねっとりとコクのある内臓が染み出して来た。もう一種類のイカも当然旨かったが、ミミイカは別格に旨かった。「今年は捕れないんだよ。市場に出てれば必ず買うんだがな」とのこと。イカを食べ終り、もう少し食べたいと大将に相談すると「そりゃ鯛だ。この時期は鯛しかないよ」とのことだったので、鯛を頼んだ。料理方法は塩焼きで、鯛の頭の部分を焼いてもらった。とにかく巨大な鯛なので、僕は縦割りの頭を二人で一つ出されるのかな?と思ったが、二人で一匹分の頭を出してくれた。一人1/2頭だ。しかし元の鯛が巨大なので、頭だけでもかなり身の量がある。蟹を食べるように黙々と食べ進んだが、途中でお腹一杯に近くなった。焼き加減は絶妙で、皮は焦がさず、最も身が深いところへギリギリ熱が入っていた。立派な天然鯛の頭を解体しながら食べるのだから、旨いに決まっている。頬肉とか目玉とか唇とか、それはもう、素晴らしく旨かった。鯛を食べ終わると、〆にご飯がほしいなと思った。鯛茶漬けがあるのでそれを頼むべきか、地物のムラサキウニ(!)のウニ丼も魅力的だが…と考えていると、やはり大将が「白ご飯を一口出そうか?」と提案してくれた。やや、それは嬉しいなぁと思い、ご飯と漬物を出してもらった。汁物がないようだが、先の鯛の骨を吸物にして出してくれた。鯛の骨を一度下げ、塩と醤油と化調で味付けして供される。食べると、あれ?化調っぽい味がするのだが思ったけれど、それは正しかった。漬物は糠漬けだが、こちらにもちゃんと振ってあったのだ。これが唯一の「抜け」だったな。それまでがあまりに完璧だったので、それくらいのことで感動は薄まらなかったが、できれば化調抜きで食べたいとも感じた。ちなみに、ご飯も漬物も素晴らしく旨かった。僕はこれほど旨い糠漬けなんて、久しく食べた覚えがない。飲物は最初に一杯、ビールを飲んだだけで、以降は燗酒で通した。銘柄は土佐鶴のみで選択の余地なし。ここの料理には辛口の土佐鶴は合うと思う。旨い飯と糠漬けで満足し、精算をお願いした。一人20,000円くらいかな?と感じたが、伝票を見ると驚くほど安かった。というか、安くて驚いた。大将と話をしている中で「今は本当に良い鯛がいなくなったよ」と嘆くので、へぇ、それじゃぁ今日の鯛はベストの鯛と比べてどうなの?と尋ねると「はは、そりゃレースにならんよ」と言われたのだ。いや、僕が食べた鯛も素晴らしく旨かったのだ。確かに、これまで食べた最高の鯛かと問われると、それはちょっと違うのだが、現在、備後沖で入手し得る最高レベルの鯛を、最も旨い形で食べさせてくれたと思う。それなのに、この鯛がレースにならないほど旨い鯛があるとは。その辺りが安かった理由なのかな。料理の傾向はどれも質実剛健で、盛り付けもドシッと腰が据わっている。華がある料理ではなく、古武士の風格を感じさせる凛とした料理というのが僕の印象。例えば、刺身醤油一つとっても別格に旨い。鯛の刺身を食べるときに、おやっ?と思った。鯛の味を引き立てつつ、自身もしっかり旨いのだ。つい、少し飲んでみると、これは蕎麦の返しの甘くないヤツか?と思うほど旨かった。刺身醤油で酒が飲めるくらい、というか、実際に僕は舐めつつ酒を飲んでしまった。大将に聞くとベースは土佐醤油で、醤油を何種類もブレンドし、梅も加えているとのことだった。ただの加減醤油ではなく、相当手が込んだ醤油なのだ。それだけ手を加えても生醤油のような香ばしさが残っているのが素晴らしい。そして、焼いた鯛の頭を食べるときに添えられた醤油は、当然のように別の醤油だった。サービスは、僕は何より大将の職人的な気風の良い接客を特筆したい。話をしていると時折、呵々と大笑するのだが、その笑い声を聞いただけで、腹蔵のない人だなぁと判る。魚について判らない、知らないことを訊けば、きちんと誠実に答えてくれる。僕はすっかりファンになってしまった。他のスタッフは、大将の奥様、息子さん、息子さんのお嫁さんの3人だが、こちらはあまり印象に残らなかった。お嫁さんは笑顔が素敵な方だったが、息子さんはまだ緊張しているようだし、奥様は機嫌でも悪かったのか、少し慳貪だった。とまれ僕は次回も大将の前のカウンターに座ることができるなら、他のことは全然気にならないだろう。それにしても、福山市にこんな素晴らしい店があると知らなかったとは迂闊。他店と比して、別格という言葉が相応しい。願わくば、月一のペースで訪れたい。心からそう思える店だった。(06.04)
再訪。 実はこの間に一度、フグを食べに訪れているのだが、フグという魚のワイルドで上品な味わいにノックアウトされ、レビューを書けなかった。 僕がこれまでに食べてきたフグの概念が変わるような料理群だったのだ。 この店には再度、フグを食べに訪れることがあるだろうから、レビューは次の機会に譲る。 今回は端境期なので、タイをメインとして、色々と食べさせてもらった。 白木の美しいカウンターに座り、飲み物を頼むと付き出しが5品盛合せで供された。 内容は、子持ちアユ、サトイモのカラスミ和え、モズク酢、ウニタタミイワシ、蜂の子。 こうやって列記しただけで、この店のクオリティが伝わるのではないか。 ウニタタミイワシは自家製だし、蜂の子のような珍味がさらっと供される。 子持ちアユは骨までほろりとするくらいに、しかし薄味で炊いてある。 もちろん、これだけの品が並んだ中に入っているのだから、モズクも太く立派で味が濃い。 どれも旨かったが、中でもこれほど旨い蜂の子は初めて食べた。 缶詰とは明らかに味が異なるので、店で処理したのかな? それにしても、どこから入手するのだろうか。 続いて刺身はタイとキジハタ(アコウ)。 タイは相変わらず手当てと寝かせが素晴らしい。 身の表面が舌に吸い付くようにしっとりしており、鼈甲のような奥深い光沢がある。 寝かせの加減は、また身にぷりぷり感が残るくらいで、僕の個人的な好みからすれば、あと5時間くらい寝かせたほうがもっと旨いのでは?と思った。 ちなみに、現状でも県内でここより旨いタイの刺身を出している店は、僕の知る限りないのではないか?と思うほどのレベルである。 ただ、あまりにレベルが高いのでわずかな好みの違いを指摘したくなってしまったのだ。 すると大将は僕に同意してくれ「確かにそうだが、歯応えが弱くなるだろ?魚の味の判らん奴らは新鮮じゃないとか言うんだ。昔は判ってくれる客が多かったんだがね」と寂しそうだった。 確かに、刺身を褒めるのに新鮮で旨いという人って非常に多い。 鮮度なんて重要じゃない、というか、このレベルの店では元々新鮮な魚を使っているのは当たり前じゃないか。 さらに、この刺身の味の深さが判らないことが哀しい。 油脂の味ばかりに慣れ過ぎているのではないか。 魚の流通と調理技術に関しては世界最高レベルの国に住みながら、住人が魚の味を判らなくなったらおしまいだと僕なんかは思うんだけど。 キジハタも素晴らしく旨かったが、ちょっと身にざらつきがあった。 時期的に刺身で食べるのはもう終わりかな。 煮付けにすれば冬でも素晴らしく旨いけれど。 また、刺身に添えられたツマの一つが大葉の芽だったことに驚かされた。 鮮烈な香りが印象的で、葉よりも遥かに旨かった。 さらに、刺身醤油が飲みたくなるほど旨いのも以前と同じだ。 続いての料理はサワラのタタキ。 この店では今の時期にしかサワラを出さない。 冬になってこれ以上脂がのると、舌触りが悪くなるからだそうだ。 瀬戸内のサワラのタタキは、カツオのタタキと同じように厚く切って香味野菜やニンニクと一緒に食べるのが定番で、この店の流儀も同じ。 しかし、その旨さはぶっちぎりだった。 サワラの身が熱により変色しているのは表面から2mm程度だが、全体が軽く温まっており、それじゃなくても柔らかい身がさらに柔らかく感じられる。 生のねっちり感が、いくぶんさっくり感に変化しているのだ。 さらに身の中のきめ細かい脂が温められることにより、よりサラッとした脂に変質しており、これまた絶妙。 この時期としては最高レベルの肉厚のサワラの身を、最高の状態でタタキにし、この店の常だが、素晴らしく旨い調味料で食べさせる。 これまでに僕が食べたサワラのタタキの中で、最高に旨かった。 僕は料理が旨いと食べるスピードがどんどん落ちるのだが、この日もかなりのスローペース。 サワラに添えられていたスダチを絞ってみたり、少し置いて温度の低下と酢の浸透による変化を楽しんだり、一皿の料理を味わい尽くしたくなるのだ。 ここでコウイカの陶板焼き。 以前はミミイカを食べさせてもらったが、この陶板焼きという料理は、小さなイカを調理するには最適の調理法なのだ。 ほんのりと効いたバターの風味と、弾けるような若いイカならではのさっぱりした身の旨さ。 頭(=胴)の部分が5cmほどの小さなコウイカなので、二口ほどで食べられるのがいい。 ちなみにこの店ではハリイカと呼んでいた。 そしてメインはタイの焼き物。 頭を縦に割って、1/2サイズで出してくれた。 このタイはまず何よりも香りが最高だ。 タイならではの甘く香ばしい、ふくよかな風味は他の魚ではちょっと出せない。 また、その中に生臭さは皆無。 自分で料理すれば判るけれど、タイは最も旨い頭の部分が最も生臭くて、よほど上手にやらないとこの香りは出せないのだ。 身をほぐして、皮を引き剥がして、舐めるように食べ尽くしたのは当然である。 〆には白ご飯と漬物でもいいし、ウニご飯もできると言われ、ウニは旨い?と訊くと「このウニは旨いよ」とのことだったのでウニご飯をお願いした。 すると、ご飯の上に板に盛られたウニを一人一枚がっぷりとのせてくれ、そこへ切り海苔、青ネギ、ワサビが添えられる。 ご飯を少なめでお願いしたため、ウニとご飯が等量くらい入っている。 これはまた、ものすごい贅沢だねと思ってウニを食べると、おぉ!これは僕の大好きなアカウニではないか。 瀬戸内のアカウニって旨味や甘味はエゾバフンウニやキタムラサキウニには劣るけれど、優しい風味と、独特の淡味があって、僕は高く評価している。 何でも無闇に味が濃ければ良いというものではないのだ。 しかし、他のウニに比べて味が淡いので、少量だと物足りなさを感じることがあるのだが、一人で一枚も食べれば大満足である。 〆のご飯というよりも、これを食べつつ酒が飲めてしまった。 ウニの質もミョウバンをほとんど感じなくて、粒がしっかりしている。 最初は気付かなかったが、ウニの下には濃厚な玉子の黄身が隠れていて、途中から旨さに加速がついた。 そして、ウニご飯の濃厚さを断ち切るように、自家製の糠漬を口直しに食べる。 この糠漬がまた実に旨くてたっぷりなのだ。 糠漬でも再び酒が飲めてしまった。 僕は最初にビールを頼み、一番搾りとヱビスが用意されていたので、一番搾りをチョイス。 酒は山岡酒造のこわっぱのみだった。 焼酎は飲んでいないので不明だが、用意はされているようだ。 この店は以前にも感じたのだが、もしかして酒は勘定に入っていないのではないか。 もちろん、過剰に飲むと大将から「そんな状態で魚の味が判るのかね?」と、間違いなく説教されるだろうが、程よく飲む分には実にありがたい。 最後まで大いに堪能し、一人12,000円。 魚の味が判る人であれば、安い!と膝を叩くこと間違いなしである。 料理の質は高いレベルで維持され、齟齬というものがない。 その時期の瀬戸内の魚の最良の品揃えを楽しむことができる稀有な店だ。 もちろん、今回のキジハタのように、最良の時期を少し外れていることもあるけれど、それが日本料理の「名残り」というものだ。 全て最高の「盛り」の魚だけを揃えることは無理だろう。 また、大将がお元気で、若大将も自信を持って仕事していることが窺え、現在のこの店は一つの頂点にあるように感じられた。 おそらく10年以内に大将は引退されるだろうが、それまでは若大将の体力と、大将の経験が噛み合った、素晴らしい状態が続くだろう。 もちろん大将引退後は、十分に経験を積んだ若大将が店を引っ張るだろうが、その時にどうなるかは未知数である。 これからしばらくの間は、この店の黄金期が続くと思うので、興味がある人は今の時期に訪れてほしい。 僕のサイトの最高評価は星5つだが、今のこの店には星6つを付けたいくらいだ。 瀬戸内の魚の一つの頂点を楽しみたければ、福山市を訪れてほしい。 (09.09)
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